女子高生と男子高生とおばちゃんで構成されている近所のスーパーのアルバイト群の中に、内田さん(仮名)という人がいます。彼女は(多分)高校生で、今年の5月か6月らへんから働き始めた人です。なので、まだ研修中のプレートを胸に付けて、ぽちぽちとレジを打っています。
あたし、彼女のことが大すきなんですよね。
こう書くと、すごく可愛くて愛想が良くてきらきら目映い夢のような女の子を想像する人もいるかもしれませんが、それが違うんです。彼女、超絶無愛想なんですわ。いっつも「何がそんなに気に入らないんですか?」とレジ打つ前に提示を求められる会員カードと引き換えに質問したくなるくらいブー垂れた顔してレジ打ってるんですよ。化粧っ気も全然無くて、まず着飾ることに興味が無い感じ。愛想を振り撒くなんてナンセンスやでぇと言わんばかりのあの表情。「いらっしゃいませ。カードはお持ちでしょうか?」お決まりの台詞で始まるレジ係と買い物客のひとときに、思わぬ衝撃が走りました。これまでは、営業用に声色を少し変えて接客してくる人がほとんどだったのです。だがしかし彼女の声これ絶対素だよトーン上げる気も明瞭つける気も皆無。そしてニコリともしやしねぇ。何これ新鮮!ものすごフレッシュ!そうやって初めて彼女にレジを打ってもらった日から、あたしは内田さんのことが気になって仕方なくなってしまったのです。
それ以来、買い物に行く度に内田さんの姿を探し、発見したら絶対に彼女の担当しているレジで支払いをするようになりました。多分回数にしたら10回は優に越えていると思います。2日連続で打ってもらったこともありました。バスルームの消臭剤だけ買いに行ったときに打ってもらったこともありました。そうやって、内田さんとの思い出を積み重ねてきたのですひとりで勝手にね。しかし、彼女が笑ってくれたことは1度もありませんでした。業務用以外の言葉を口にすることもありませんでした。所詮店員と客の仲。金抜きでは交われない間柄。無表情で「ありがとうございましたーまたお越しくださいませー」と言ってお釣りとレシート(あとたまにクーポン券)を渡してくる内田さんに「…また来るね…ちゃんと、お金、持って…」と心の中で呟き、次こそは何かの拍子で笑ってはくれんだろうか、と淡い期待を抱きながらスーパーを後にするのが、あたしのちょっぴり切ないショッピングライフだったのです。
しかし今日、事件が起こりました。
トイレットのペーパーがナーイ。そう気付いたあたしは、タイミング良く買い物に行こうとしていた隣友にひっついて、いつものスーパーに行きました。お買い得トレペと一緒にすすいだ瞬間キュキュッと落ちる洗剤とか牛乳混ぜたらトゥルン!とデザートが出来る液体とか持って、レジ列のある方へ向かいました。あっ内田さん見っけ!ゲットだぜ!と言わんばかりの勢いで彼女のいるレジへ並びます。前にいた買い物客のおばちゃんは、色々たくさん入った籠の隣に、スイカを丸々ひとつ置いてありました。なのであたしの籠はまだレジ台に置くことが出来ず、左腕に引っかけたまま、ふんふーん内田ー♪などと心の中で歌いながら待っていたのです。すると、内田さんがおもむろに籠に覆い被さる形で身体を乗り出し腕を伸ばして「ぃよっこいしょぉお」スイカ持ち上げたー!!「ピッ」レジ打ったー!!!「籠どうぞ」やややや優しー!!!!ぃよっこいしょぉおてアンタ
それだけでは終わりませんでした。おばちゃんは箱入りのビールを2箱買っていたんですが、どうやら支払い済みなのにお店のテープを貼ってもらっていなかったようなのです。おばちゃんが言うことには「あのビール、テープ貼ってないねんけど大丈夫?」内田さんが返すことには「あ、すいません」わわわわわ 笑 っ て る しかも何か照れておる。あ、やってもうた!的な、何だか決まりが悪そうな、少し恥ずかしそうな笑顔で、内田さんはテープを切り、小走りでカートの上に乗っている箱に貼りに行きました。あたしはと言えば、あばば、あばばばば、と震えながらその一部始終を見ておりました。
あたしの買い物の支払いを始めるときには、普段の内田さんに戻っていました。さっきのは夢だったんだろうか…?「ぃよっこいしょぉお」も、あの照れ笑いも、全てはあたしの内田さんへの強い想いが生んだ夏の幻…?でも、確かに彼女は笑っていたのです。笑って、ちょっとだけ慌てていて、それは、初めて見る彼女の姿で…嗚呼!!ってな具合に興奮MAX越えしたあたしは即効で隣友のところへ行き、そのことを鼻息フガフガさせながら話したのです。トレペ振り回しながら話したのです。気持ち悪い。そう言われました。ありがとう、最高の褒め言葉だよ。